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中西 繁 アート・トーク
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画家 中西 繁が送るアートなトーク
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5月のツアー

2012/05/19 05:23
本日19日から27日まで関西・四国中西繁美術研究会ツアーに出かけます。
大阪、松山、高知と3つの都市を巡る形が今年の2月から出来上がったのですが、
今回それに合わせて要件が付加されてきました。

まず名古屋。
映画「時の行路」推進集会を開いてくださることに。
作家の田島一さん、共同映画社藤野戸社長、寺川社員も出席となりまして、
藤野戸社長の車にみんな乗って東名珍道中になります。

大阪
研究会にプラスして6月25日からの山木美術展の打ち合わせ。
会場確認・作品展示やパーティーなどのこと。

広島
大阪から松山に向かう間に、来年夏(?)の「廃墟と再生」広島展の
実行委員会の主要な方々の初会合。
高知からは紹介の植田さん胡麻アさんが来てくれます。松山入りは
植田さんの車で送っていただくことに。

松山
研究会の2回目。25人の参加予定。
「近代絵画の要点」をレクチュアします。


高知
高知に着いたらすぐ、
県庁知事室にて「高知県観光特使」の拝命。
翌日「高知県母親大会」講演の打ち合わせ。
高知研究会有志「ギャラリー風月展」観賞
そして高知研究会。

こんな予定で9日間行って参ります。

東京都美術館主催「ベストセレクション展」
招待状が追加で送られてきました。
「初めての企画で勝手がわからなくて、」と会期も迫ってから追加印刷。
僕は、これから出張でどうしようもなく・・・
銀座の「ギャラリー喜久田」(03−3574−7707)にすべて送りましたので、
必要な方は、「サイトをみた」と言って、もらってください。
自分で言うのも何なのですが、
日本画壇の今日が観れる展覧会です。



バイク狂その後
スパーカブを乗り回した後は、倉庫に眠っていたメグロの125ccを直して
乗りました。時々九段高校までバイクで行きました。学校の玄関へ登る
階段の下に隠してそ知らぬふりして教室に行ってました。
その頃のバイク仲間が中嶋君でした。背が低いのですが逆三角形の
スポーツマン。剣道の達人で空手も。で、僕も少し空手を真似事しました。
小学生の時は柔道の道場に通ったこともあるのです。
メグロの125ccはなにしろ古いバイクで、出先で何度も故障して動かなくなる。
困った奴でした。
そのあと、親父が会社で買ったのが再び、(風太郎と同じ)CB72スーパースポーツ。
今度は水平パイプのハンドルでした。これは兄貴もみんな共同で乗ってました。
2番目の兄は3歳の時から小児麻痺で松葉杖でしたが、
スーパーカブにサイドカーを付けて、特殊な免許を受けて乗れることになりました。
父親はそういうことに腐心したわけです。だから足が悪くても行動範囲はとても広がり、
日光や相模湖まで一緒にツーリングしたりしてました。

父親は生真面目な商売一筋の人でしたが、
バイクだろうが、車だろうが否定することなかったです。
車はいち早くダットサン1000を買ったくちで、
家族で正月2日、明治神宮へダットサンで初詣行くのが恒例でした。


最近HONDAがアシモの技術をベースに作った一人乗りの乗り物は
「カブ」の名前が付けられました。
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沖縄展 アンケートによる感想

2012/05/18 06:44
感想を寄せていただいた方、全部で192通。
初日、2日目までは体制が整わず、27日からになっています。
ピックアップして掲載します。
アンケートを書くのはめんどいことなのに、
ありがとうございました。
拝読しながら、逆に書いている人のことを
いろいろ想像できて面白かったです。

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今朝の新聞にホンダのバイク「スーパーカブ」が初の全面改良の記事が出ていました。
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ベストセラーの50ccバイクで、ずっとデザインを変えませんでした。
リッター50Kmも走るんです。

僕は少年の頃、無免許運転で250ccを乗り、
自損事故で歯を4本折りました。
その後、15歳になって、いち早く原付2種の免許を取ったのです。
そうしたらその年のクリスマスプレゼントに親父が
このスーパーカブを買ってくれたのです。
あれほど嬉しかったことはありません。
そこから僕の本格的なバイク狂が始まったのです。
小学校の同級生堀口勉君もスーパーカブ。
一緒に走りました。
原っぱでスライディングターンなんか練習したり・・・。
その頃HONDAはイギリスのマン島レースに出場。
世界のHONDAになって行きます。
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沖縄復帰40年

2012/05/15 06:34
5月15日は沖縄の施政権が返還されて50年。
いろいろ評論ありますが、朝日の社説。
その、後半の部分だけをあえて切り取りました。
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浦添市は住民の平均年齢が37歳と聞きました。
びっくりするような若い市民。そうしましたら県全体でも
なんと40.5歳という。元気な沖縄に違いない。

僕は講演でパリのレンタル自転車とEV自動車の
スタンドが街中に増えていることを写真で紹介しました。
そして原発のない沖縄は再生可能エネルギーの
先端をめざしてほしいと訴えました。

沖縄の高速道路のサービスエリアにはEVスタンドがすでに
出来ています。沖縄レンタカー協会のビジョンのように
青い海の沖縄ロードを排ガスが無い静かな電気自動車で走ったら・・・
イメージが広がります。

沖縄の「これから」を考えましょう。

昨日は無事山手アトリエに収納しました。
沖縄から帰った72枚のパネルと、
山下倉庫にある40枚ほども移動しました。
僕は朝8時に家を出てアトリエに9時。
息子は9時半から12時半まで手伝ってくれました。
その後一人で延々アトリエに運び込みました。
パネルすべてに名札も付けました。

夜の8時過ぎに完了。帰宅が9時半。
13時間半の「労働」でした。
とてもすっきりした気持ちです。
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東京都美術館ベストセレクション展

2012/05/13 09:06
今日は午後1時55分から
ベストセレクション展で
自作の解説をしなければなりません。
解説の原稿を6時半から書きはじめました。
ですから散歩もこれからです。
書いてみると「予告」にした方がいいかなと(笑)
掲載することにしました。

5月14日記

昨日は無事終了しました。
ちょうど友人が来てくださいましたので
写真を撮ってもらいました。

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「ブランデンブルグ門」 解説                   2012.5.14 中西繁


夏目漱石の小説に「門」があります。
漱石は当時神経衰弱に悩まされていまして、
座禅すれば治るのではないかと
鎌倉円覚寺の門をくぐりました。
小説の最後の方にその模様が描かれています。
しかし主人公の宗助は悟りは開けなかったと
帰ってきます。

「門出」と言われるように門は、出発点であります。
また「門外不出」というように内と外を分ける境界でもあります。
「門から入り」、「門から出る」。何か、場所性の区切りの象徴であり
機能的には「門を閉ざし」侵入者から身を守るものでもあります。
ですから、家の門、山門、城門、凱旋門と、
建築と都市には欠かせないものと言えます。

ブランデンブルグ門はドイツの首都ベルリンの
もっとも中心に位置すると言えましょう。
北側近くに帝国議会議事堂を控え、
東にウンター・デン・リンゲンを行くと
フンボルト大学を通りベルリン大聖堂に至ります。
西にまっすぐ行きますと映画「ベルリン天使の詩」の
冒頭に出てくる金色の勝利の女神ヴィクトリアが聳えたつ
戦勝記念塔ジーゲスゾイレに直結します。

ブランデンブルグ門は1791年に
プロイセン王国の凱旋門として建設されました。
かつてベルリンは星型城塞都市でした。
全部で街道別に18の門があったもののひとつです。
アテネのアクロポリスの入り口にあった門を
模したものとしてデザインされました。
門の上にはクアドリガという4頭立ての馬車と
勝利の女神ヴィクトリアが乗っています。
建設直後ナポレオンがプロイセンを征服し
このヴィクトリアを戦利品として持ち去られたのです。
その後、プロイセン軍がパリを占領するとヴィクトリア像は
再度ベルリンに持ち帰られ門の上に復帰し、
門のあるカレ広場はパリ広場と改名されました。

第2次大戦でナチス・ドイツが破れ米英仏ソの連合国が
ドイツを統治し、自由主義陣営と共産主義陣営の対立
冷戦の始まりの反映でドイツは西と東に分断され
二つの国家になりました。東ドイツに位置する首都ベルリンは
それも西ベルリンと東ベルリンに分かれるという
異常な国家とされたのです。
1961年8月13日。東ベルリンは国民の流出を防ぐために
有刺鉄線で最初の「壁」を建設し東西を封鎖しました。
続いて石を積んだ壁が建設され、幅数十mの無人地帯を持つ
2重の壁が西ベルリンを囲んだのです。
その総延長は155キロに達しました。
ブランデンブルグ門の左右に壁が連なり、
この門も28年間閉鎖されることになります。

旧ソ連の体制弱体化と一連の東欧革命の中1989年11月9日
ベルリンの壁の崩壊が始まり、壁は撤去され東西ドイツの融合が
加速され1990年ドイツは統一されました。

僕のこの絵は
同じくベルリンのカイザーヴィルヘルム教会と、
アウシュビッツの連作とともに
「棄てられた街」というシリーズの中に
位置づけられています。

ナチス・ドイツのベルリンと
ポーランドのアウシュビッツ収容所は
鉄道で直結していました。
ブランデンブルグ門の向こうには
アウシュビッツ収容所の、門であり監視棟、
私の作品「終着駅」の一部がゴラージュしてあります。
そして最初の壁である有刺鉄線が門を閉鎖しています。

分断国家の人々の希望、
平和への限りない願いを
絵に託しております。
2003年の作品です。


今日は、山手アトリエに沖縄からのコンテナが着きます。
長男直哉に応援求め2人でアトリエに収納します。
また同じトラックを山下埠頭に向けて、
保管してあるその他の作品も
すべてアトリエに収納します。
これによって当座、年間33万円の保管料を軽減させます。

アトリエ,マンション地下、向かいのマンション地下、
自宅マンション地下、3か所のトランクルームと、
伊豆のアトリエを倉庫として、
分散収納で、通常費用の少ない保管に
するのです。
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「坊ちゃん賞」受賞して

2012/05/12 07:31
東京理科大同窓会誌「理窓」4月号が届きました。
坊ちゃん賞受賞の感想を寄稿しました。

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ちょうど本日午後から神楽坂で建築学科のOB会があります。
一級上に大岩昭之さんという先輩がおられて先日もメールいただきました。
建築学科武井研究室先輩でその後助手をされておられました。
写真家でもありまして、以前墨田ホールの写真展は拝見したことがあるのですが、
チベット建築をずっと追究されている方です。
昨年8月に横浜山手のエリスマン邸で写真展をされたことを
今回知りました。すぐ近くなのに残念でした。
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ご友人の写真集の監修もされています。
この解説によりますと、
もう二度と撮れない貴重な写真が含まれているようです。
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沖縄展U 決算報告

2012/05/11 05:25
遅ればせながら、美術館の広報誌です。
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「決算報告」としたのは
展覧会のシステムと結果を
判りやすく説明したいからです。

それといつも僕は
金額・数字を公明正大・公開を
旨としているからです。


中西繁「廃墟と再生」展は
2年前の「棄てられた街in沖縄」展の折
浦添市長からもう1回やってほしいということで
2年後に、と即決まったことでした。

展覧会の実際の準備に入った1年前
市長から指示を受けた市文化部長は
僕の希望の「市民参加」を取り入れ
また「存命作家の絵画個展」は
美術館主催はあまりケースが無い
ということで考えたのが新しい形の
「実行委員会形式」でした。

3者=浦添市美術館・美術館友の会・中西繁展実行委員会が
合同の「廃墟と再生展」実行委員会が主催者ということです。

それで、費用負担の大枠が決まりました。

会場費 美術館
広報費 美術館
搬送費 中西

仕事分担は、だんだんと具体化され

会場総括業務  美術館職員
総合受付     「友の会」常勤スタッフ 
展覧会受付    「中西繁実行委員会」スタッフ
中西画集販売   「友の会」ボランティアスタッフ

展示設営撤去  中西繁実行委員会スタッフ+美術館職員+友の会


僕の会計報告

支出

搬送費       38万円
交通宿泊費     16万円
お疲れ様会     24万円−≪美術館職員集の参加費2万円≫
           =22万円
                      合計 76万円

収入 

美術館支給交通滞在費 10万円
講演料         2万円
画集販売       31万円  
                      合計  43万円



           画集販売=総売り上げ 388,700円
            友の会販売手数料5%=19,435円
            実行委員会還元15%=60,000円(お弁当代・諸雑費)
                     差引約   31万円  


こういうことで、
私としては、経費はとてもお安くできました。
美術館側も経費を切り詰めなければならない環境の中での展覧会。
ボランティアの皆様の協力があって、
「入場無料」での開催が実現できました。

入館者数は前回1200人が今回1500人ぐらいではないかと
誰かが言っていた情報だけですが、あとで正確な数字を美術館
に聞いてみましょう。入場数は僕は問題にしていませんが・・・。

いろいろ知恵を出し合って、
ボランティア精神で貫かれた
新しい形の美術展であったと思います。
市長はじめ関係者の方々に
心から感謝申し上げます。

78回東光展終了。
10日の1時に東光展終了。
3時から上野の中華料理店で打ち上げ。
僕は会期中最後の2日しかいなかったので
司会役お断りしたのですが、
「宴会・司会役」をどうしてもと言われ、
昨年に続き、後半のマイク回しなどしました。
「出しゃばらないタイプ」を自認していながら、
MCマイク持つと人が変わってしまうのです。
思いつくまま、マイクを振ります。
うちの娘もMCめざしていると言いますが
血が流れているのでしょうか(笑)。
40名参加の例年より少ない打ち上げでしたが、
78回東光展は1002人プラス小品700人と
1700人の大所帯になりました。
会の方針、取組の結果ですが、
僕は率直に言って、
もっと「数より質」を重視しないと
まずいと思っています。
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映画「希望のシグナル」試写会

2012/05/10 06:46
日本で最も自殺率が高い秋田県。
自殺防止のさまざまな取り組みを描いた
ドキュメンタリー映画です。

今年2月18日東京文化会館で開いた
「時の行路」推進の集いに岩手から参加した
双子の都鳥兄弟が監督・撮影した映画です。
多くの方々の支援で作られました。

試写会案内が来ていたので、
沖縄から帰った次の日
最終の試写が渋谷でありましたので
行ってきました。小さいスタジオ。
20名くらいの試写でした。

とても良質な映画でした。

撮影の最後に起こった東日本大震災。
その救援活動に参加する主人公たちの
影像も加わり、ドキュメントとして幅も広がった
感じを受けました。
人と人のつながり、
真の優しさとは何か、
生きることへの励まし。
貧困と
経済的ダメージを受けた人々、
自死も災害での犠牲になった人々、
家族や、心のやまいを抱えた人々への
本当に地道な励ましの活動。

6月16日から
「ポレポレ東中野」で公開スタートです。
全国上映していきますので
ぜひとも皆さん前売り券を申し込んで
支援してあげてください。

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これをプリントアウトしてFAXで申し込み
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「時の行路」映画化はどうなっているんだ、
という疑問が出ています。
「映画化」は決定。
ゆっくり(笑)進んでいますよ。
「いすゞ裁判」敗訴で、少し凹んだ?
弁護団は「控訴」して高裁で闘います。
不当判決を翻す意味でも「映画化」は
大事になっています。
厳しい環境ですが、そこを頑張る!

5月19日午後7時から
名古屋で「推進の集い」があります。
僕も参りますが、
作家の田島一さんも参加します。

今朝の田島一さんの評論「下」です。

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