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中西 繁 アート・トーク
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画家 中西 繁が語るアートなトーク
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あふひさんからの手紙

2018/11/16 07:03
「あふひ」 というのは国語の先生をやっていた父上がつけたらしく「あおい」と発声します。
一昨日、お手紙を頂戴しました。最後は涙が出てたまらなかった。

昨日の朝、そこそこの時間を待って電話をかけお礼とともにブログ掲載の了解をもらいました。

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こんな可愛い便箋に書かれています。


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時々、NIKO のことになると意地悪なコメントを入れる方。こうした純粋な気持ち、わからないのかしらね。


昨日は抜けるような秋晴れでした。その前の日に怒りの電話を何本かかけ、「辞任」も決めたしスッキリした気分でした。で、一昨日4人の会食で話をした野毛の武蔵屋のお母さんの老人ホームにお見舞いに行くことにしました。
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喜久代さんは4階のお部屋に移り、車いす生活ですが元気でした。96歳になられました。妹のふくさんは3階のお部屋ですがもう寝たきりに近いとのお話しでした。
高井さんお元気でしょうか?よろしくお伝えください、とのことでした。耳が少し遠くなられましたが、記憶力は抜群。レンガ倉庫で展覧会終えて、やっと時間がとれたのですと言うと、教えて下さればよかったのに、車いすごと運んでくれるタクシーがあるのよ、と仰る。しかし、そのたびにヘルパーさんを頼んでの大掛かりな外出になるのです。また、来年、逢いに来ますと言って帰って来ました。


ずっと歩いて行きましたが、途中電話がありました。一昨日一緒に会食した吉田町のリーブギャラリーのオーナーの方でした。名刺をみて、高知県観光特使、なぜなの?というお電話。その電話で、これから老人ホームを訪ねたあと画廊にお邪魔しますよと言いました。
歩きながら考えたのです。あふひさんとか、千文さんとか、藍湖さんとか、IAVのギャラリーで絵を飾った人たちを招待した展覧会をリーブギャラリーでやったらどうかと。

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大岡川に面したこの画廊は2.3回人の展覧会で行ったことあります。昔、スケッチをして歩いたところです。

再来年の、と言ったら「来年のことを言うと鬼が笑うと言いますね、再来年?ですね」。
「鬼が怒りますね。では、来年5月、お願いします。」と5月の第4週で申込書を書いてきました。

「中西繁と仲間たち展」
2019年5月27日(月)〜6月2日 (日) 設営は26日5時から
やはり、初日に楽しいパーティーをやりましょう。

毎年「五月展」としましょうか。
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守 破 離

2018/11/15 03:32
千利休が残した茶道の心得、 「 守 破 離 」。

絵画グループのMさんの息子さんが創立した茶道教室のお茶室を拝見しました。

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横浜関内駅近く、松文ビルの五階。オーナー・マンションの2室を改造して創られていまして、その階から上層がマンションになるため中屋上があり、お庭のしつらえ、躙り口も備わっているのです。

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水屋
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圧巻は奥の4畳半台目。光徳寺今日庵写しのプランを精緻な金属パネルと、
畳みに仕込んだLEDで幻想の世界に。

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建築家橋X氏のデザインは伝統を踏まえた現代アートともいうべき秀作。
暫し、静寂の世界に身を置きました。
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何を言おうか、

2018/11/14 19:39
帰宅して、映画推進本部のブログを開きましたら10月20日以来の新記事。9日に渋谷支部が発足の記事。
その前の日の8日に行われた定例の世話人会での重要な決議はどうなっているの?と言いたい。久保事務局長にも、藤野戸副代表にも同じ事務所にいるのだから・・・それぞれ電話して、10日に宮崎さんにあったのだから情報を公開すべき、僕は書いているのですが、事実だけでも情報公開すべきと電話したのです。いろんなことを言って書かない。

宮崎さんは怒り狂っていますが、世話人会全員一致で神山征二郎監督を選んで、宮崎さんにお断りしようと決めたのです。当の宮崎さんはそれは承服しないと言っている。僕は、穏便に勇退をお勧めしたのです。それが本人のためにもと思いました。そうしたいい方が良くないと内部で意見がありました。また、再度世話人会を開くことさえおかしいという意見もあります。意見の違いはいろいろあります。僕も完璧とはいいがたい。しかし、世話人会の全員の意向を受けてのヤナ役をやったのです。宮崎さんから抗議が来ました。反論しました。
公式ブログは何も無し。・・・・。

結論から言うと、ご自分が正しいと主張されますが、支持されてない、愛されていない、はっきり言うと嫌われている人がメガホンをとっても誰もついて来ないのです。それが宮崎さんは自覚してない。みんなで作ろうとしている映画は愛されている人が監督をしなければ話になりません。ただ、そういう事です。

周辺の意見の違いは出るでしょう。しかし事の本質はそういう事です。混乱でもないけど、中枢が一致出来ないのは僕の責任。不徳の致すところ。共同監督の任命責任は私にあります。安倍晋三とわけが違います。潔く任命責任をとってゼネラルプロデューサーは辞任します。
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宮崎信恵さんの抗議に反論します。

2018/11/13 20:41
「共同監督」の前のこと

宮ア信恵氏が抗議を寄せて来ましたので、反論をして行きます。
まず、「共同監督」が決まるまでの経過をスケッチします。



@ 世話人会に自主的に参加し始めて1年以上がたったと思います。「監督をやりたい」と立候補されて来ました。大沢豊監督は体の具合が悪く音信不通に陥っていました。ですから宮ア信恵さんの監督の可能性も検討し、具体的に推薦する方も出ました。

A そうした時に高知支部から安藤桃子さんを監督に、と提案がありました。これは実は宮ア信恵さんに決まるのを反対する意味の動きでした。作品の「0.5o」をみんなで観て、ほぼ全員がNOという結論で高知支部に返事をしました。

B 直後に今度は高松支部から佐々部清監督を推薦の提案がありました。これも、宮崎信恵さんに決まるのを避けたい意向からのものでした。賛同が多かったので、佐々部監督に会って監督をお願いしました。しかし佐々部監督は現在の脚本では引き受けられない(言外に脚本から全て任せるならやってもいい)ということでした。世話人会では全員一致で佐々部監督をあきらめると決議しました。佐々部監督推薦者は「佐々部監督でなければダメなんです!」と発言し出て行ったのです。その模様もブログで書いた通りです。

C それで、宮崎信恵さんを待たせているのだから、世話人会では宮崎信恵さんの監督就任の賛否をとりましょうと私が提案したのです。いち早く反対したのが当の宮崎信恵さんでした。否決されると思ったのでしょう。
推薦者も信任投票はそぐわないという意見が出まして振り出しに戻りました。

D その後、藤野戸共同映画社長から神山征二郎さんが協力してもいいという感触が伝えられたのです。それで5月15日吉祥寺でお会いして総合監修をお願いしたのです。そうしましたら総合監修ではなく監督をやりたいとおっしゃる。僕は立候補している宮崎信恵さんをずっと待たせているので外せないと申し上げたのです。はじめ、助監督でどうか?ということでしたが私がそれでは不足ですと申し上げたら、「共同監督」でどうかと言う提案がなされて、私がそれに飛びついたのです。その日のうちに宮崎信恵さんの事務所を訪ねてお願いし、5月25日に神楽坂で神山征二郎さんと会いましょうと提案したのです。この5月25日の模様はブログに書いたとおりです。

25日神楽坂の伊勢籐は僕が席を用意しました。藤野戸社長も同席です。宮崎信恵さんは来るまで共同監督に応じるのか返事のないままでした。いろいろおっしゃるので、「共同監督は引き受けるのですか?」と僕は聞きましたら「受けるわよ、だからここに来ているのじゃないの。」との返事でしたので用意したメモにサインをしてもらったのです。

以上、解説を付け加える事もありません、「共同監督」が決まるまでの経緯です。

必要があれば、次に「共同監督」の5カ月の経緯を書きます。



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宮崎信恵監督に渡した2つの文書

2018/11/13 19:37
宮ア信恵氏の抗議文を転載しましたが、その中で批難された文書を公表します。



@  「監督辞任の勧め」                 


10月31日の脚本検討会での神山征二郎監督の発言を受けて11月8日の世話人会は全員一致して宮崎信恵監督の辞任を勧めることを決めました。共同監督が不可になった現在、「時の行路」の監督から名誉ある辞任をお勧めします。
宮崎信恵氏の今日までの推進会議への貢献を今後とも評価してまいります。ありがとうございました。
             
 2018年11月10日  ゼネラルプロデューサー 中西繁


宮ア監督が承服できないとのご返事を頂いたので差し出した文書



A 今後の対応

1 世話人会の宮崎信恵監督への辞任勧告を公にする。

2 次回世話人会での弁明を了解する。

3 そのうえで再度評決をする。評決は「罷免」を含みます。

4 以上を公開する。

                                
        GM 中西繁



以上です。

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宮ア信恵氏の抗議文

2018/11/13 19:28
先ほど私のPCに宮崎信恵さんから抗議文が届きました。
評論は避けてそのまま掲載します。

             「監督辞の任勧め」に対する抗議


去る11月10日、「10月31日のシナリオ検討会での神山征二郎監督の発言を受けて11月8日世話人会は全員一致して宮崎信恵監督の辞任を進めることを決めました」という1枚の紙きれを渡されました。
これは一体どういうことなのだろうかと、突然の「監督辞任の勧め」に激しい戸惑いと怒りを感じています。
いったい神山監督の発言の内容はどういうことなのか?果たしてその正当性はあるのだろうか?そしてそれを受けて世話人会でどのような討議がなされたのか?具体的内容もその真意も私には皆目わかりません。
そもそも、このように重要なことを当事者の意見も全く聞かず、しかも不在の席で決議すること自体、条理を逸した非民主的な失礼な行為ではないでしょうか?
しかも、今日の不当な非正規労働者の解雇に異を唱え、人間らしい生き方と尊厳を追求しようということを目的に組織された映画製作の現場で、こんな非道な行為が許されるのでしょうか?

11月10日のシナリオ検討会の席だけではなく、私は一貫して、「現シナリオでの映画化は、観念的でリアリティがなく、多くの人の感動を得る内容の深い作品にはならないのではないか」との意見を言い続けてきました。これに対して「神山さんは、80%はよくかけている」と意見を持たれています。
それならば二人の意見をさらに良く擦り合わせ、より良いシナリオになるための話し合いがなされなくてはいけないと思ますが、そんなことも一切なく、暴力的な発言で私の発言を遮り、「宮崎とは一緒にやれない」との話にまで進みました。

いずれにしても、神山さんはシナリオに対する監督としての意見を口に出した最初から、態度が豹変し私に対しては威圧的、恫喝的な言葉を発し続けてきました。社会的にはこれはパワハラといっても間違いではないひどい言葉の連続。シナリオ作成という重要なことをなぜ穏やかにお互いに腹を割って話すことができなかったのか、それは今でも私にはよくわかりません。
そもそも、共同監督の提案は神山さんから出されました。しかも、その時の同意は「対等の立場」ということでした。その後は数回しかお会いしていませんが、「なぜ宮崎とは一緒にやれない」と言われることになったのか?明確な理由を明らかにしていただきたいと思います。


私は、今回の映画製作に監督として映画製作に責任を持つ最初の仕事は、いいシナリオをつくり上げることだとの信念のもとに誠心誠意尽くしてきました。
基本的なところで納得のいかないシナリオでの映画化は、全国で推進チームを立ち上げて活動し、貴重なお金を寄付してくださる皆さんに対する裏切りにもつながります。(シナリオが不十分なまま現場で何とかということはあり得ない話です)。
だからこそ、腹を割った徹底した議論が必要だったのではないでしょうか?
私は新しいシナリオが上がるたびに、意見を細かく書いたメモを土屋さん初め、皆さんに提出してきました。もちろん、独りよがりの間違った意見もあったかと思いますが、本当はそのことを真摯に検討していただきたかったと思います。
そして、シナリオに対する消極的な意見は私一人が出しているのではなく、原作者の田島さんの文章にでも指摘され、全国の推進会議からも寄せられ、世話人の主だった人の中にも少なからずいました。そうした人たちの意見はどう反映されたのでしょうか?

ともかく、今回のことは私にとっては青天の霹靂といってもいいほどの驚きです。
本当にこんな非民主的なことが許されていいのか?
少なくとも同じ目的に向かって進んできた「仲間」の中で、私の存在や尊厳を頭ごなしに押さえつけようとする暴挙が行われたことに激しい怒りを禁じえません。

11月10日の話し合いの途中に、2枚目のペーパーが手渡されました。
私が「監督辞任の勧め」を拒否した場合に備えて用意されていたものです。
その内容もまたまたひどいものです。(皆さんの手元にもあると思いますので触れませんが、まるで私を不正義の犯人に仕立て上げているようなひどいものです)
私は、今回の「監督辞任の勧め」なる決議には断固応じられませんが、何もこの作品の監督に連綿としがみ付こうという魂胆は全くありません。
それどころか、今の状態での映画化はあまり無責任ではないかと思っていますし、私の怒りは「当事者不在の場で、まるで欠席裁判のように宮崎からの発言も保証されないまま、私の監督生命さえをも踏みにじるような決議を、労働問題という人間の根源的な尊厳の問題を取り上げようとしている組織の中でされたこと」です。

皆さんは、日ごろの活動や思想的にも立派な方たちばかりだと思いますが、人の痛みに対してこんなにも鈍感に、条理さえをも逸したことを平然と行える人間性ってどこから来るのでしょうか?

その11月10日と、本日13日に、中西さんはブログで私のことを含めて事のいきさつが公表されています。そのこと自体咎めることも何もありません。ただ、私が思うには中西さんの一方的な意見の公表で、私から見れば事実後にも甚だしい内容と言わざるを得ません。
ですから、ことの推移を客観的に知っていただくために、推進会議世話人会に対して私が提出するこの抗議の文章を、世話人全員はもとより、全国の推進会議の各支部、および関係者の皆さんにも送っていただきたいと思います。
(中西さんのブログを見た方で何人かの方から「どうなっているんだ」という疑問をただすメールや電話が何本も入っています。)

中西さんは私を排除したことで心機一転、新しい気持ちで映画製作に邁進していくとの決意を述べられています。それ自体も私は何も言うことはありません。
しかし、まるで独断専制的に事を進めるやり方は、単に私一人の問題というより今回のプロジェクトの理念にも背く重要な問題を含んでいると思います。

ですから、こうしたやり方に対して、私情を越えて、毅然と抗議をいたします。

   
    2018年11月13日

                                   宮崎信恵
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共同監督

2018/11/13 03:59
5月25日に神山・宮崎共同監督をお願いしました。それから5ヶ月がたって、10月31日脚本検討会議で神山監督から、本の捉え方でこんなに違うのでは共同監督は出来ない、神山か、宮崎か選んで欲しいと
ありました。宮崎監督からはその発言について何のコメントもありませんでした。




11月8日の定例世話人会では、脚本検討会に出席の世話人4名全員が発言して報告。全員一致で神山征二郎監督を選択しました。

世話人会の命を受けて中西、久保が10日に宮崎監督にお会いして世話人会の意向を伝えました。私は文書を用意して宮崎監督の勇退をお勧めしました。宮崎さんは録音させてくれとレコーダーを出しました。そして承服しないと言い、激しい口調で話しました。カフェなので、僕は何度も気になりました。一度はもう少し声を抑えて、とも申し上げました。

承服しないとの事なので、用意した2枚目の文章をお渡しし、要求によって次回の世話人会で弁明して下さい。今から事態は公開されますと申し上げ、了承されました。以上が経過です。



宮崎さんは世話人1人ひとり全員に言いたいと言いました。20日にその世話人会を開くことになりました。このような事態が現在です。



皆さんから支持されない宮崎さんが監督を降りないと言っても映画を撮れるわけが有りません。宮崎さんの名誉の為に辞任をお勧めしたのですが、こうしてみにくい態度をさらすことになってしまいとても残念です。こちらの映画推進にも決していい影響はありません。コメントにも、ご自身のメディアでの発言でもいかように発言されても構いませんが、ますます理屈の通らないことを主張して行くことになります。

推進本部に自ら参加し、熱心に映画作りにアドバイスして下さり、だんだん「監督」をやりたいと言って来られたので、最大限対応して来たのが神山監督提案の『共同監督』でした。

5ヶ月経過して、その神山監督が宮崎さんとは出来ないと宣言し、監督の選択を推進本部に要求されたのです。宮崎監督は神山監督を非難しますが、そうした事が客観的に共同で監督するが出来ないことを物語っています。


以上、出来るだけ客観的事実の経過を述べました。
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